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第一次振興期

中国清朝時代の1796年、柯朝(かちょう)という商人が、大陸最大の烏龍茶産地である
福建省の武夷山から台湾北部に茶の苗木をもたらしたのが、台湾茶の始まりと言われています。
そしてその後、台湾中部の南投県にも福建省茶が植樹されました。

1840年に勃発したアヘン戦争は、台湾茶の歴史に少なかなぬ影響を及ぼしました。
この戦争は、中国からのお茶の輸入によって不平等な貿易を強いられてきた英国が、
インドで生産されたアヘンを中国に売り始めたために起こってしまったものです。

戦後、英国政府と清朝政府との間で結ばれた天津条約により、台湾の淡水港(台北県)と台南が開港されました。
それがきっかけとなり、台湾茶が海外に知られるようになったのです。

1869年には、台湾茶業の父といわれるスコットランドの商人ジョン・ドットによって、
『Formosa Tea』(フォルモサティー)のブランド名で北アメリカに輸出され、1872年には、英国への輸出も開始されました。

高品質の『Formosa Tea』はたちまち人気を博し、海外では『Formosa Tea』を飲むことが一種のステイタスとされていた時期もありました。

※<Formosa>というのは台湾の別称のことです。大航海時代だった17世紀に、台湾を発見したポルトガル人が、
その美しさに思わず「Ilha Formosa(麗しの島)」と言ったのが由来とされています。

しかし、その後、世界的な金融恐慌や戦争などの影響により、茶葉の価格が暴落し、台湾茶の輸出が停滞してしまいます。